【書評】重松清『定年ゴジラ』感想 〜老後のリアルを知るにはもってこい〜

 

どーも!コバです。

 

今回は重松清さん『定年ゴジラ』

の書評ブログになります^ ^

 

1998年出版の本作ですが、

定年を迎えた「オヤジ」達の、

リアルな心理描写に溢れた人気の小説です!

 

誰しもが60代を迎えオヤジになりますよね。

その時にどんな思いになるものなのか…

またどんな人間になっていたいか…

 

そんな人生において大切な事を深々と学べ、

将来や年代について考えさせられる本作の、

私なりの感想を述べていきます!

 

大学生など若者も必見の小説です。

 

(ネタバレは多少ありですが、

感想や意見中心の記事になっていますので、

未読な方も問題なくご拝読頂けます^ ^)

 

2) あらすじ

 

「くぬぎ台」という開発都市に住む主人公山崎さん。定年退職を迎えた山崎さんは、どこか虚しい…やりがいのない老後を過ごす。そんなとき散歩中に同じ定年仲間と出会う。彼らとの交流を通して人生を振り返り、自分探しをする模様を描いた、『定年後のバイブル』

 

3) 印象に残った言葉

 

p.57 野村さん雪掻きについて語るシーン

「人に情けを見せたら損や思うとるんです

わ。ほんま、情けないもんや、

なんでも損得で考えるんやさかい」

 

登場人物の野村さん。

定年を迎えたオヤジの1人です。

 

その野村さんの息子が、家の雪掻きをした際、

近所の人の分はやらず、

自分らの敷地だけ綺麗に雪掻きしたことを、

“情けが薄い”と嘆いたシーン。

 

確かに私のような現代の若者って、

「相手は相手、自分は自分!」みたいに、

個人主義が強いような気がします。

 

でも昭和初期〜中期の人は、

いわゆる「人情」が凄く強いし、

相手への温かさみたいなものがある。

(老人ホームでバイトしてるからわかるw)

 

そういう“情け”がある人でいたいし、

損得だけじゃない温かさを、

意識しなくても出るようにしたいと感じます。

 

4) 感想

 

現代の若者にとって、

「定年ゴジラ」に出てくる登場人物は、

馴染み深いようで、とても新鮮な存在です。

 

60歳を過ぎ、還暦を迎えた男性の面々が、

住み慣れた町と己の人生を振り返りながら、

どこか切なく過ぎる日々を描いています。

 

さて、登場人物の誰もが幸せな老後のために、

身を粉にして朝早くから夜遅くまで働き、

2〜60歳あたりを頑張って生きてきました。

 

しかし60歳を超え、第一線から外れると、

途端に周りの若者から年寄り扱いをされ、

自分が「古いもの」になったのだと実感する。

 

私は現役バリバリの若者だから(自分で言うな)

登場人物の気持ちは正直全くわかりません。

 

しかし、現役〜老後の時間の過ぎる感覚は、

多分物凄く早く感じるのだろうな…

というのは何となく想像できます。

 

つい最近までは、

定年間際の上司を冷めた目で見ていても、

気付いたら自分が冷めた目で見られる側になる

 

誰しもがそういうものなのだろうし、

わかっていても、それって寂しい事です。

 

“ゴジラ”と強そうな表題なのにも関わらず、

どこか切なく、虚しい雰囲気が漂う本作…。

 

重松清さんだからこそ描ける、

リアルな心理描写と、男の弱さがあります。

それは登場人物が感じている気持ちなのか?

 

昭和、平成、令和…

時代が変わっても、“歳を取った”という、

虚しさを感じるのは不変な気がしています。

 

だからこそ、今出来る事、やりたいことを、

余すことなくやる人でありたいし、

そうあるべきなんだと強く思います。

 

「人生100年時代」「超高齢化社会」

の日本の現代にこそ読むべき本。

 

それが『定年ゴジラ』であると私は思います。

 


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ABOUTこの記事をかいた人

大学生男子。埼玉県在住。高校生の頃にSKE48にハマってから、坂道シリーズのオタに。現在ドルオタ歴7年目。映画・読書・SNS運用・就活・バイト情報に精通。「趣味+現実」の充実するブログを書き、愛と平和を満たす!